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東京地方裁判所 昭和29年(行)123号 判決

原告 高陽スレート株式会社

被告 関東信越国税局長

主文

被告が昭和二十九年十一月八日付でした、原告会社の昭和二十七年四月一日から同年九月三十日までの事業年度(第二十七期)及び同年十月一日から昭和二十八年三月三十一日までの事業年度(第二十八期)の法人税に関する審査の請求を棄却した決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張は別紙のとおりである。

(証拠省略)

理由

一、被告が原告主張のような経緯で原告会社の第二十七期及び第二十八期の事業年度の法人税に関する審査の請求を棄却したことは、当事者間に争いがない。

二、そこで被告がした右審査の決定の適否について判断する。

(1)  原告は、まず被告が右審査の決定において、第二十七期について金一七〇、〇〇〇円、第二十八期について金二五二、〇〇〇円を原告会社の役員賞与と認定したのは違法であると主張する。そして、原告主張のように被告が原告主張の金員を役員賞与と認定した高崎税務署長の更正決定を認容して審査の請求を棄却したことは被告も認めるところであり、かつ、原告会社が被告主張の取締役のうち、田久、杉原を除くその他の者にその主張する額の報酬を毎月支給していること、第二十七期においては昭和二十七年七月に、第二十八期においては同年十二月に右田久及び杉原を除く取締役に被告主張の金員を月額の報酬とは別に支給したことも当事者間に争いがない。

(2)  まず田久及び杉原に支給した金員の性質について争いがあるので、この点から考えてみると、第二十七期において昭和二十七年七月に田久に金三〇、〇〇〇円を、同年五月に杉原に金六、〇〇〇円を、また第二十八期において同年十二月に田久に金四〇、〇〇〇円を、同年十一月杉原に六、〇〇〇円を支給したことは当事者間に争いがなく、証人井上卯一郎、同田久文雄の証言によると、右田久は昭和十四年三月原告会社の設立の時に使用人である総務係りとして入社し、以後総務課長を経て昭和二十二年十月取締役となるとともに総務部長となつたが、その肩書のいかんを問はず終始かわらず庶務及び人事等総務関係の仕事に従事しており、使用人としての給料を毎月二三、五〇〇円を受けており、その外に役員報酬としては一期六、〇〇〇円を受けていたこと、本件で問題となつた第二十七期に支給を受けた金三〇、〇〇〇円は内金二四、〇〇〇円が使用人として受けた賞与であり、内六、〇〇〇円が同人の受ける同期の役員報酬であること、第二十八期に支給を受けた金四〇、〇〇〇円のうち金三四、〇〇〇円は使用人賞与であり、内金六、〇〇〇円が同期中の役員報酬であることまた杉原はもと原告会社の生産する商品を販売するために設立された会社の専務取締役であつたが、その会社が解散したので、原告会社では同人の製品販売の知識を利用するため、取締役としての外に毎月一〇、〇〇〇円の手当を支給して嘱託ないしは顧問として採用し、右の手当を支給しているが、その外に同人に対する役員報酬として一期金六、〇〇〇円を支給しており本件で問題となつた各期の金六、〇〇〇円はいずれも各期の非常勤務役員として受ける報酬であつたことが認められ、右認定に反する証人稲垣隆夫、同松井静郎の各証言は措信しない。

そうしてみると右両名に対して支払つた前記金員が、役員に対する賞与であるとした被告の認定は、その他の点について判断するまでもなく、違法である。

(3)  そこで右田久及び杉原を除く各取締役に臨時に支給した金品が法人税法上役員賞与として利益金に繰入れられるべきものか、あるいは役員報酬として損金に計算されるべきものかについて、考えてみる。

(イ)  法人税法が法人税の課税標準を規定する概念として考えている総益金が営業活動又は投資活動から得られた金額から資本の払込を控除したものを意味し、総損金が商品の価値に転化されるもの又は製造活動若しくは販売活動を円滑に遂行するために必要な支出換言すれば当該事業遂行に通常かつ必要な費用を意味すると解すべきこと、従つて、会社が利益をあげた功労に酬いるため利益の一部から役員に支給する賞与が右にいう損金には含まれないが、役員の委任事務処理の対価として支給する報酬が損金に計上されることは被告の見解と同一である。

(ロ)  また法人税が適正かつ公平に負担されるためには、それは実質に則して課せられるべきであることは勿論であつて、それ故に「法人がその役員に対して支払した賞与は、これを損金として計算した場合であつても、すべて益金処分の賞与とする」(法人税基本通達二六二)べきものである。

(ハ)  そこで本件のいわゆる臨時報酬がその実質においていかなる性質の給与であるかを検討すると、証人井上卯一郎、同田久文雄の証言を合せ考えると、原告会社は昭和十四年三月に設立された比較的小規模の会社で、役員報酬額に関しては定款に定めがなかつたので、株主総会の決議によつて定められてきたが、その額の配分については右設立以来各役員の希望によつて、その一部を留保し、残りの大部分を常勤役員(使用人兼務の役員を除く)には毎月一定金額を非常勤役員及び使用人役員には一事業年度一回に一定金額を支給し、盆、暮の出費がかさむときに、(右非常勤役員及び使用人役員に対する報酬の支払の時)その都度取締役会の決議によつて、右の留保した部分を常勤役員に臨時の報酬として支給していたこと、役員賞与については毎事業年度利益金処分として総会の決議によつて前記臨時報酬とは別に支給していることが認められる。

そして第二十七期及び第二十八期当時における総会で決議された役員報酬の総額は一〇〇万円以内とすると定められ、両期において報酬として支払われた金額の合計が一〇〇万円以内であつたこと及び両期において右報酬以外に原告主張の金額が役員賞与として支給されていることはいずれも当事者間に争がない。

(ニ)  ところで株式会社の役員の報酬額について、商法は定款にその額を定めなかつたときは、株主総会の決議によつて定める(同法第二六九条、第二八〇条)こととし、役員が不当に高額の報酬をとつて、株主に損害を与えることを防止しているが、その支給の時期及び方法等については別に規定をおかず、執行機関である取締役会に一任する態度をとつていると解せられるから、取締役会では右定款又は総会の決議によつて定められた報酬額の範囲内の金額であれば自由に配分することができるわけである。換言すると、株主は取締役会に対し右の手続で定められた報酬額については、その事業の遂行に必要な経費であり、利益として株主に帰属すべきものは収入金額から右金額を控除した残額であることを当然認容しているというべきである。従つてこの定められた報酬額をこえて支払われた金員が損金とならない(法人税基本通達二六八)ことは当然のことであるが、会社の所有者である株主が承認した報酬額の範囲内で支給した金員は、特段の事情のないかぎり税法上もその事業遂行上通常かつ必要な費用であると推定すべきものと考える。(ただし同族会社が役員の報酬額を不当に高く定めその結果法人税の負担を不当に減らさせるような場合においては、その計算を否認することができる(法人税法第三一条の三)のは勿論である)

被告は株主総会で一定額内の報酬額を決定してもそれはただその枠を定めたにすぎないもので、それによつて具体的な各役員の報酬請求権が発生するものではなく、報酬であるためには、その支給が恒常性を有しかつ予め支給額が定まつていなければならないし、本件臨時報酬のように諮意的に支給されたものは報酬といえないと主張する。

なるほど定款又は株主総会の決議によつて報酬額を一〇〇万円以内とすると定めても、それは役員全体に支給することができる報酬総額の枠を定めたものに過ぎず、それによつて各役員の報酬請求権が発生するものでないことは被告所論のとおりであるが、だからといつて、役員の報酬額が具体的に予め定められたものでなければ報酬といえないという見解はあまりにも狭きに失し、実情にそぐはないものと考える。なぜならば株式会社の役員の報酬は委任事務処理の対価として支給されるものであり、その支給の時期及び方法が取締役会の自治に委ねられていることは前記のとおりであつて、一般の雇傭契約に基く賃金とはその趣を少なからず異にしているのである。賃金については生計を計画的にまかなうためのものとして、昇給及び減給をのぞいてその支給の時期及び金額が恒常性を有し、かつ予め定まつている性質のものであり、それ故に労働諸法において保護されているのに反し、役員の報酬は会社の経営に対する対価として支給されるのであるから、その金額が会社の業績によつて左右されることがあるのは当然であり、又業績に対応して報酬金額を変更することも可能であり、具体的確定的に定めることが困難な給与として、前記のとおりその支給総額の点を除いては取締役会の自治に委ねているとみることができるのであつて、ここでは生活の資料としての要素よりはむしろ、経営能力に対する報償の意味が強く、労働諸法においても保護の対照とならないから、役員の報酬について恒常性を有するか或いは予め定まつているかという点をあまり強調すること妥当でなく、事業遂行上通常かつ必要な経費であるかどうかの点からこれを観察してみることが必要であり、その定款または株主総会の決議によつて定まつた役員報酬として株主によつて是認された金額の範囲内で、報酬として支払われたかどうかの点で決定すべきである。勿論形式は役員報酬として支給されているが、その実質は利益処分である賞与の意味で支給されていることがわかるような特段の事情があれば、右の基準によれないことは当然であるが、前記認定の事実によれば原告会社では報酬を予め二分し、その一を毎月または一回に支払い、残りを盆、暮に支給するという二本立の支払方式を設立以来二十六事業年度まで引続いて行つてきたのであり、本件臨時報酬がその慣例に従つて支給され、毎月または一回に支給した金額との合計額が株主総会の決議によつて定められた報酬額の範囲内であり、各営業年度末においては本件臨時報酬とは別に役員賞与が各役員に支給されているのである。そうしてみると他に右臨時報酬を役員賞与であると認めるべき特段の事情のあることを認めるに足る証拠のない本件にあつては、これを事業遂行上通常かつ必要な費用として損金に計上することができるものといわなければならない。

(4)  このような訳で原告会社の第二十七期について金一七〇、〇〇〇円、第二十八期について金二五二、〇〇〇円を役員賞与であるとした高崎税務署長の更正決定を認容し、原告の審査の請求を棄却した被告の決定には違法があるから、その他の点について判断するまでもなく取消さるべきであつて、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 井関浩)

(別紙)

一、請求の趣旨。

(一) 被告が昭和二十九年十一月八日付でした、原告会社の第二十七期(昭和二十七年四月一日から同年九月三十日まで以下同じ)営業年度及び第二十八期(昭和二十七年十月一日から昭和二十八年三月三十一日まで以下同じ)営業年度の法人税に関する審査の請求を棄却した決定は、これを取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁。

原告の請求を棄却する。

三、請求原因として原告の主張した事実。

(一) 原告会社は、訴外高崎税務署長に対し、原告会社の法人税の課税標準金額に関し、第二十七期については、昭和二十七年十一月三十日金一、三三九、五〇〇円と、また第二十八期については昭和二十八年五月三十一日金一、一四四、二〇〇円とそれぞれ申告した。同署長は、昭和二十九年六月三十日関東信越国税局の調査官の調査に基き、第二十七期につき、金四、五九七、八〇〇円、第二十八期につき金一、五一六、〇〇〇円と課税標準金額を更正する旨の決定をなし、該決定は同年七月一日原告会社に通知された。

そこで原告会社は同月二十六日右決定を不服として被告に審査の請求をしたところ、同年十一月八日付で被告は原告の右審査の請求を棄却する旨の決定をなし、その決定は同月九日原告に通知された。

(二) しかし被告のなした右審査決定は次ぎの二点において違法なものであるから取消さるべきものである。

(1) 高崎税務署長は、前記更正決定において、第二十七期については金一七〇、〇〇〇円、第二十八期については金二五二、〇〇〇円を原告会社が役員に支払つた賞与であると認定し、これを益金に算入したが、右金額は役員に支払つた報酬であつて、当然損金に計上されなければならない。しかるに被告も右高崎税務署長の措置を認容し、原告の審査請求を棄却したのは違法である。

(2) 審査の請求に対する決定には理由を付さなければならないことは法人税法(以下単に法と略称する)第三十五条第五項の規定により明らかであるが、被告のした本件審査の請求に対する決定には理由が記載されておらない。尤も右決定には、理由がないからこれを棄却するとの文言が記載されてはいるけれども、これをもつて理由を付したことにはならず、右条項にいう理由とは審査の請求が理由なしとの結論に到達した法律的な理由を指すものと解すべきであるから、被告の本件決定は違法である。

四、請求原因事実に対する答弁及び主張として被告が陳述した事実。

(一) 請求原因(一)記載の事実はすべて認める。(二)記載の事実中、高崎税務署長が原告主張の各金額をその主張の営業年度における役員に対する賞与と認定し、これを原告会社の益金に加算して更正決定をし、被告が右措置を是認して原告の審査請求を棄却したこと、及び被告のした本件審査決定に原告主張の文言の理由が記載されていることは認めるが、その余の事実は争う。後記のとおり本件審査決定はなんら違法でない。

(二) 第二十七期の金一七〇、〇〇〇円及び第二十八期の金二五二、〇〇〇円は役員に対する賞与であるから益金に算入すべきものである。

(1) 原告会社においては次表のとおり井上房一郎外五名の取締役に対し毎月一定額の報酬を支給したが、それ以外に第二十七期においては昭和二十七年七月次表の賞与認定額欄括弧内の金額を、第二十八期においては同年十二月賞与認定額欄記載の金額を(但し取締役杉原二郎に対してはそれぞれ同年五月及び十一月)盆暮に際して臨時に支給したものであるから、被告は次表賞与認定額欄記載の金額を右六名の取締役に対する賞与と認定したのである。なお第二十七期についても支給額全額を賞与と認定すべきであるから、次表の賞与認定額のうち、括弧内記載の金額に認定すべきをその左行に記載の金額に認定したのは、調査官が調査の際その額を記載した明細書の欄を見間違つて社長、副社長の報酬月額を臨時支給額と誤認したため生じたもので、これは再更正の手続により是正さるべきものである。

役職名

氏名

報酬月額(円)

賞与

二十七期

認定額(円)

二十八期

取締役社長

井上房一郎

三〇、〇〇〇

(三七、五〇〇)

三〇、〇〇〇

五二、〇〇〇

取締役副社長

井上卯一郎

三〇、五〇〇

(三七、五〇〇)

三〇、五〇〇

五二、〇〇〇

専務取締役

阿久沢光雄

二九、九〇〇

(三七、〇〇〇)

三七、〇〇〇

五一、〇〇〇

常務取締役

高木貞

三一、七〇〇

(三六、五〇〇)

三六、五〇〇

五一、〇〇〇

取締役

田久文雄

二三、五〇〇

(三〇、〇〇〇)

三〇、〇〇〇

四〇、〇〇〇

取締役

杉原二郎

一〇、〇〇〇

(六、〇〇〇)

六、〇〇〇

六、〇〇〇

合計

(一八四、五〇〇)

一七〇、〇〇〇

二五二、〇〇〇

(2) 即ち報酬又は給料(会計上では通常使用人の受ける賃金(主として日給労働者、出来高給労働者に支給される)、給料(一定の月給労働者)と対比して役員の受けるものを報酬と称している以下この意味である)は、一般的に支給者の提供する受給者の生活の資で、これによつて受給者の生計が維持される性質のものであるから通常その額は予め確定し、支給者においても受給者においても明確なものである。若しその支給額が明確でないならば、受給者の生活は不安に置かれることになるから、報酬又は給与は、これを支給者からみた場合確定債務であることを要するのみならず、原則として恒常性を持たなければならない。勿論支給金額を昇給や減給によつて増減したり或いはその支給時期や方法を特に定める(例えばその一部を毎月一定額に均分し残部を盆暮等に支給する等)ことは自由であるが、なんら特段の理由なくして支給の都度その状況に応じて額が変更されるようなものは、これを報酬又は給料ということはできない。このように予め支給額が具体的に確定しておらず臨時に支給時において企業収益の状況、本人の勤怠等を基準として決定した額を支給者がし意的に支給するものは、税法上も給料又は報酬と区別して賞与として取扱うべきものである。法人税基本通達二六一は「賞与とは賞与と称するものの外、手当その他の名称の如何を問わず予め支給額の定めのない退職給与以外の給与をいう」としてこのことを明らかにしている。

賞与の特徴として次のごとく云われている。「(一)支給の時期は年二回あるいは四回盆暮等の一定時期にまたは不規則に定期的賃金とは別箇に給付する。多くの場合支給の有無は明示されず協約その他で規定されてもすべてが条件つきであり、支給内容も明示されない不安定なものである。(二)したがつて賞与金は労働者の生計を計画的にまかなう賃金とは別箇のものである。」(野田、藤林監修賃金監理ハンドブツク三八三頁参照)「賞与とは定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであつて、その支給額が予め確定されていないものをいうこと、定期的に支給され且つその支給額が確定しているものは名称の如何にかかわらずこれを賞与とみなさないこと後略」労働省通牒(昭和二二年九月一三日労働省発基第一七号「労働基準法の施行に関する件」)

(3) ところで原告会社においては各役員は毎月前表の月額報酬欄記載の金額の支給を受けているが、前記のとおり昭和二十七年七月及び十二月において臨時的に且つその都度任意に決定された金額の支給を受けたものである。各役員は毎月の報酬については会社に対し報酬請求権を有しているのであるが、臨時に支給される額についてはその金額が定まつていないのであるから、各役員は予めこれを請求する権利を有しているとは認められない。従つて臨時に支給された額についてはこれを報酬ということはできず、賞与といわなければならない。ことにこの臨時に支給された給与はその支給時期が盆と暮であつて、同じ時期に従業員に対し支給したものを原告会社では賞与として処理している事実からみても、当時原告会社では賞与たる認識のもとに役員に支給したことは明らかである。

(4) 役員賞与は法人税法上も利益金処分として損金に算入されないことになつている。法人税の課税標準たる法人の所得は、各事業年度の総損金を控除した金額による(法第九条)のであるが、法人税法はこの総益金及び総損金の定義について規定していないので、その具体的内容については個々の規定(たとえばプレミアム(法第九条の三)減資差益(法第九条の四)等)を検討して又は他の法律の規定とか会計学等によつて決定するほかはない。この点ドイツ税法は課税所得の計算方法として期首期末資産比較法という方法を規定している。すなわち法人所得の計算に準用されるドイツ所得税法第四条第一項は次のように規定する。「益金とは、当該事業年度末の事業資産と前事業年度末の事業資産との差額に払戻の価額を加え、更にこれら払込の価額を控除したものである。茲に払戻というのは納税者が自己又は家事その他事業以外の目的のために事業年度中に事業から払い出したすべての資産(現金、製品、用益及び給付)をいう。払込というのは、納税者が事業年度中に事業に提供したすべての資産(現金払込及びその他の資産をいう(以下略)」

このドイツ税法の法人益金(即ち所得)の定義と我国法人税法第九条の定義とを比較すると、ドイツ税法は法人所得を事業資産の増減の結果の方面から規定し、我国の税法は事業資産の増減の原因の方面から規定し、両者ともに、同一のことを異つた方面から規定しているに過ぎない。したがつて我国法人税法における総益金も、収入された金額の全部ではなく、いわゆる営業活動又は投資活動によつて得られた金額をいうものと解すべきである。つまり収入された金額から資本の払込(元入)を控除するわけである。また総損金については、支出した金額がすべて当期の総損金となるのではなく、資本の払戻(引出)は損金に算入されないと解すべきである。つまり総損金とは、商品若しくは製品の価値に転化されるもの又は製造活動若しくは販売活動を円滑に遂行するために必要な支出ということになる。

アメリカ税法においても、費用となるためにはその支出が事業遂行上通常かつ必要なものであることを要件としている。従つて税法における所得とは、資産の販売又はサービスの提供によつて得られた収入金額からそれを得るために要した費用を控除して計算した金額であると解すべきことになる。(昭和二七年一月三〇日東京高裁判決、高裁刑事判例集五巻二号一六〇頁参照)

右に述べた所得の概念の基礎には、企業会計における簿記技術によつて客観的に表示される社会的経済的実体が存在しているのであつて、税法はその実体に加工して税法における所得概念を構成しているのである。しかし簿記技術によつて客観的に表示されるといつても、個々の企業における会計処理をそのまま是認する意味ではなく、その実体に対して法人税が課さなければならないことは税法の目的からみても当然のことで、そこには税法における価値判断によつて、法人が損金に計上しているものであつてその実体が利益金処分であるならば利益金に加算して課税しなければならない。

ところで企業会計においては役員賞与を利益処分とするのが原則であつて、商法上も会計学上も判例上も争いないことである。法人税法においても同様であつて、法人税基本通達二六二は「法人がその役員に対し支給した賞与は、これを損金として計算した場合であつてもすべて益金処分の賞与とする」と定めこのことを明らかにしているのである。このようなわけで原告会社で前記役員に支給した臨時報酬は、役員に対する報酬とは認められず、従つて損害とはならないものであるから、高崎税務署長がこれを役員賞与と認定して益金に加算したうえ更正決定をなしたのは適法であり、右決定を認容して原告の審査の請求を棄却した本件決定もなんら違法でない。

(三) 本件審査決定は法第三十五条に違反しない。

(1) 審査決定書に記載すべき理由としてはその審査の請求が不適法であることを理由とするのか、或いは内容に入り審査した結果請求が理由ないことを理由とするのかを判別せしめる程度に記載すればたりるのであつて、何故に理由がないかということまでも明らかにすることは必要でない。(昭和二九年八月三日佐賀地裁判決行政裁判例集五巻八号第三頁昭和三〇年三月三〇日同地裁判決同六巻三号一七五頁参照)

(2) 更に本件決定についてみると、原告の審査請求の趣旨は、極めて具体的であつて、(イ)役員報酬は株主総会において決議承認された額の限度内であること、(ロ)毎期定期的に支給したもので、利益調整をしたものでないこと、(ハ)役員報酬額は事業規模等からみて決して高額でないことの三点をあげて訴外署長の更正決定が違法であるというのであるが、被告は右各点につき審理の結果その理由がないという判断に到達したので棄却の決定をなしたもので、右論点以外の理由によつて棄却したものではない。したがつて原告にとつては本件決定がいかなる理由からなされたものであるかは容易に理解できる筈であるから、本件決定の理由としては、必要かつ十分の理由の記載である。

(3) 仮りに本件決定が法第三十五条に違反しているとしても、その瑕疵によつて右決定は取消さるべきものではない。(昭和二四年七月八日仙台高裁判決行政裁判月報一八号六五頁、昭和二五年二月二〇日神戸地裁判決行政裁判例集一巻二号一五二頁、昭和二八年六月一五日青森地裁判決同集四巻六号二二二頁参照)すなわち、処分を取消しても同一結果を反覆するにすぎない場合は行政事件訴訟特例法第十一条により或いはその趣旨から考えてその請求を棄却すべきものである。又再び同一の審査決定がなされることが明らかである以上、原告にとつて本件決定の取消を求めるなんらの利益も存しない。

五、被告主張事実に対する原告の答弁及び反駁として陳述した事実。

(一) 原告会社で被告主張の各取締役に対しその主張の額の報酬を毎月支給していること(但し田久、杉原に対する金員は取締役の報酬としてではなく、田久は総務部長、杉原は東京営業所営業担当者として使用人としての給料として支払つたものである。)昭和二十七年七月及び十二月(杉原に対しては同年五月及び十一月)に被告主張の金員を井上房一郎、井上卯一郎、阿久沢、高木に月額の報酬とは別に臨時報酬として支給したことは認める。田久に対する三〇、〇〇〇円のうち六、〇〇〇円と杉原に対する六、〇〇〇円は役員賞与として(右両名に対しては毎月の役員報酬は支給しておらないし、田久に対して給付した残額は使用人に対する賞与として)支給したものである。その余の事実はすべて争う。原告会社において前記の臨時報酬を賞与であると認識して支給したことはない。一般に賞与が支給される時期に支給されたから、臨時報酬が賞与であるとして支給されたというのは暴論である。

(二) 臨時報酬は報酬であつて賞与ではない。

(1) 株式会社における役員の報酬は、定款に定めのないときは株主総会の決議によつて定めなければならない(商法第二六九条第二八〇条)が、原告会社では昭和二十五年九月二十日の第二十二回定時株主総会において一期一〇〇万円以内とすることが決議されている。ところで定款または株主総会で定められた役員の報酬をどのように支払はれるかは商法は敢て干渉せず、右総額を各役員別にどのように配分するか又各役員別の額をどのように支給するかは取締役会の自由に任されている事柄である。そこで原告会社では創立以来既に二十数期に亘つて常勤役員の社長井上房一郎、副社長井上卯一郎、専務取締役阿久沢光雄及び常務取締役高木貞の五名に対しては、毎月一定額を均分して支給し、盆と暮の七月、十二月には社会生活上の常識として出費がかさむので、株主総会の承認額の範囲内で、予めその額の十ないし二十%の額を留保しておいて(この額については期によつて増減がある)、これを取締役会でその期における勤怠の状況、努力の程度を勘案して決定した額の報酬を臨時報酬として支給してきたのである。他の非常勤役員及び使用人役員に対しては臨時報酬を支給する際一度に支給したものである。このように原告の臨時報酬は、既に二十数期の慣例に従つて(この間税務当局から一度も問題とされなかつた)株主総会で役員報酬として承認された額の範囲内で(報酬として支給した総額は第二十七期は九三九、九〇〇円第二十八期は九九七、四〇〇円である)全役員に一定額の支給をなすとともに、臨時に支払つているものである。民間企業においてもつとも自治的機能を必要とする商事会社にとつてはこのような支給方法をとることがもつとも運営の妙味を発揮することになるのであつて、このような支給方法をとつたからといつてなんら報酬の本質に反するものではない。

また、原被会社は資本金六〇〇万円で一期の利益は数百万円を計上しているものであるから役員の報酬が一期一〇〇万円以内というのは極めて妥当な額というよりは、むしろ低額にすぎると考えられるものであり、前記臨時報酬はいずれも盆暮という一定時期に支給しており決算期における利益金を調節するために支給したものとは全然性質を異にしており前記のごとく毎年盆暮に支給しているもので恒常性を有しているものであるから賞与ということはできず、あくまでも報酬とみるべきものである。税務の実際の取扱いとしても、法人税基本通達二六八には「法人が定款又は株主総会の承認を受けた金額をこえて役員に報酬を支給した場合のその超える金額はこれを利益処分たる賞与とする」とあつて極めて当然であり、右通達を裏から云いかえれば、その範囲内であるならば損金となるということにしているのである。

(2) 被告は、本件臨時報酬が予め額の定めのない給与であるから賞与だと主張するけれども、役員の報酬額について一〇〇万円以内という枠があり、しかも一期の支給分としては株主総会の承認を得た額について予め定まつているのである。なお別に第二十七期、第二十八期ともに決算の結果利益金が出たので株主総会の承認を得て役員にはそれぞれ次の表記載の金額を賞与として支給したのであつて、右の臨時報酬はこの株主総会の承認を得て利益処分として支給する賞与とは自ら異るのである。

役員名              氏名  第二十七期(円) 第二十八期(円)

取締役社長           井上房一郎 七二、〇〇〇  四〇、〇〇〇

取締役副社長          井上卯一郎 七二、〇〇〇  四〇、〇〇〇

専務取締役           阿久沢光雄 六八、四〇〇  三八、〇〇〇

常務取締役           高木貞   六四、八〇〇  三六、〇〇〇

取締役(総務部長)       田久文雄  三六、〇〇〇  三〇、〇〇〇

取締役(東京営業所営業担当者) 杉原二郎   五、七六〇   三、二〇〇

取締役             本山喜三郎  五、七六〇   三、二〇〇

取締役             中村角治   五、七六〇   三、二〇〇

常任監査役           平山長次郎 一〇、八〇〇   六、〇〇〇

監査役             井上正三郎  四、六八〇   二、六〇〇

監査役             天引忠定   四、二〇〇   二、六〇〇

監査役             岡田万三郎  四、二〇〇   二、六〇〇

監査役             遠山磯二   四、二〇〇   二、六〇〇

合計                  三六〇、〇〇〇 二〇〇、〇〇〇

また被告主張の基本通達二六一号には「具体的」という文言も「確定」という文言もない。右通達にいう予め定める場合というのは個々具体的に確定している場合のみならず、本件臨時報酬のように個々に確定しておらなくともその総支給額が株主総会で定められており、その一部分だけがその支給の時に慣例的に取締役会の決議によつて確定する場合をも含むと解すべきである。さもないと期末に各役員に対する報酬の配分を決定するような会社については役員の報酬を認めることは困難となるであろう。なるほど原告会社の役員のなかには取締役会の決議によつて配分が決定されるまでは、一部不安定な給与部分があることにはなるが、これは各取締役が、共同委任関係に基く報酬額を相互間において配分協定をなす所謂内部問題にすぎないことからくるもので、雇傭契約に基く給与との本質的な相違点であつて、このことから報酬でないとはいえない。

更に、給与は支払期になつてはじめて具体的に確定するものであるから、税法上賞与であるかないかは各役員の請求の側からみるべきでなく、支給者たる会社の支払の行為の側から判断すべきものである。けだし商法第二五四条第三項は会社と取締役は民法の委任に関する規定に従うことになつているが、民法第六四八条によると受任者が報酬を受くべき場合には受任者が委任事務を履行した後でなければ請求することができない。ただ期間をもつて報酬を定めたときは民法第六二四条第二項の規定を準用することになつているから確定請求権が発生するのは、支払期日後または事務終了後でなければ確定するということは云えないからである。従つて役員報酬の場合株式会社からみてその支払つた金員が、支払を予定した金員の枠の範囲内でその目的のために支払つたものであるならばそれが固定的なものであると、臨時的なものであるとを問わず予め支給額の定めのある報酬の支払いなのである。

(三) 田久及び杉原に対する支給した金員は使用人賞与或いは役員報酬である。

原告会社では職制に関し別表記載の如き定めがさつて、田久は総務部長を、杉原は東京営業所営業担当者(第二十七期中の昭和二十七年六月一日からは東京営業所は東京工場と名称を変更した)をそれぞれ兼ねており、田久に対しては月額二三、五〇〇円杉原に対しては月額一〇、〇〇〇円を使用人に対する給料として支給しており同人等に対する役員報酬は、被告において賞与と認定された六、〇〇〇円(田久について三〇、〇〇〇円のうち二四、〇〇〇円は使用人としての賞与であること前記のとおり)だけであつて、これが賞与と認定されると同人等に対する役員報酬は一銭も認められないことである。また田久に対する使用人賞与二四、〇〇〇円は使用人給料の十割で妥当なものであるから(基本通達二六三号参照)これらの者に対して支給した金員が役員に対する賞与となるいわれはない。

(四)(1) 審査決定に付する理由は具体的に示さなければならない。法第三十五条第五項は却下する場合、棄却する場合及び認容する場合とわけてそれぞれの場合に理由を付することを要求しているのであるから、単に実体的に審理した結果理由がないというだけでは右法の要求に合致しないものである(それだけの区別なら主文だけでわかる筈である)。被告挙示の昭和二九年八月三日の佐賀地裁の判決は地方税法に関するもので本件に適切でないし、昭和三〇年三月三〇日の同地裁判決については到底承服することができない。

(2) 審査請求の理由が具体的であつたから理由を付する必要はないというのは暴論であつて法律上の主張といえない。決定を為す側においてはいかなる理由で結論に到達したかは容易に判るかも知れないが、これを受ける側においてはどのような理由で決定になつたかは全然わからないのである。

(3) の主張も理由がない。

六、原告主張事実に対する被告の答弁。

(一) 原告会社において原告主張の日に役員報酬につき一期一〇〇万円以内とするとの株主総会の決議があつたこと及び第二十七期第二十八期に本件臨時報酬以外に原告主張の金員の役員賞与が支給されていること及び役員に対して支給した報酬額が臨時報酬を含めて右株主総会の決議額の範囲内であることは認めるが、原告会社で従来から原告主張のような方法で役員報酬を支給していたことは知らない。又原告会社で原告主張のような職制が定められ、田久、杉原が使用人であつたことは否認する。

(二) 役員の報酬の総額について株主総会の決議がされても、報酬請求権が発生したことにはならない。定款又は株主総会で役員の報酬額を定める趣旨は、会社企業の所有者たる株主からその事業経営の委任を受けている役員が、自分達の報酬を不当に高額に定めないように、その額を限定せんとするものであるから、必ずしも各役員についての報酬額を定めることを要しないで、全役員に対する報酬額として一定金額或いは一定限度額を定めれば足りるのである。この場合各役員の受ける報酬は右金額の範囲内で取締役において個別的にこれを定め、これに基いて各役員は会社との間に会社事務処理に付随する報酬契約を締結することによつて(右契約は明示たると黙示たるとを問わない)具体的に報酬請求権が発生するものであるから、総額について株主総会の決議があつたからといつて、役員の報酬請求権が発生したことにはならないから、これをもつて予め定められた金額の支給ということはできない。また報酬後払の原則は報酬支払債務の履行期の問題であつて、報酬請求権の成立の問題とは別個の問題であり、各役員の報酬金額が具体的に確定している限り、期末に一時に支給することにしても報酬と認められるであろうけれども、一たん具体的に報酬の額が確定された以上、その確定報酬額の外に、臨時に支結される追加支給額は報酬でなく賞与と認めざるを得ないのである。

(三) 田久及び杉原に対して毎月支給していた金員は役員報酬であつて使用人給料ではない。

原告会社では職制は明確になつておらず、原告会社代表者自身も右両名に対する給与は役員報酬であると説明したので役員賞与として処理したものである。

(別表省略)

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